LAKUDA HOTEL PJT

わたしの軸につながる場所

自己紹介

林 莉惠/Lie Lin
神戸出身。北京・上海の海外生活、10数年の東京暮らしを経て、2017年秋、島根県の世界遺産の町にある「メインディッシュはおむすび」という1日3組限定の宿へ「おむすび留学」。約1年間、毎晩、お客様に心を込めておむすびをむすび続け、おむすびの奥深さを感覚的に学ぶ。ただ今、各地で「ラクダホテル別館(移動おむすび)」を開催しながら、「わたしの軸につながり」続ける旅の途中。

なぜ、壱岐YOYOに参加をしたのか?

壱岐YOYOの考え方がまさに「わたしの軸につながる」プロジェクトそのものだと感じたから。

何をしたいと思っているのか?

LAKUDA HOTELとは?

自然×食×人=至福のエネルギー ➡︎ 「わたしの軸につながる場所」

 

自然:自然の営みを五感で感じる。

食:生命の根源であるたべものをおいしく頂く。

人:人と人の気持ちがつながる感覚。

 

この3つのエネルギーがむすばれるとき、

これ以上なにもいらないと思える「至福のエネルギー」に包まれるように感じます。

 

それが「わたしの軸につながる場所」

そんな場所でありたい、と願っています。

LAKUDA HOTEL という名前に込めた想い

「LAKUDA」はわたしの中で「旅」の象徴

人から人へ

人の手から人の手へ

場所から場所へ

いろいろなつながりをむすんで旅している、イメージです。

LAKUDA HOTEL honkan

月のリズム(自然)に合わせて、丁寧に自分自身の暮らしを紡ぐことで、
自分自身が「わたしの軸」につながる場所

新月から満月:吸収する期間
満月から新月:放出する期間

LAKUDA HOTEL bekkan

月のリズム(自然)に合わせて、おむすび(食)を通して、
自分自身と食べる人(人と人とのつながり)が「わたしの軸」につながる場所。

 

「新月から満月まで 満ちていくエネルギーで 満ちるおむすび むすびます」

 

新月の新しいことをスタートする気持ちと新しいエネルギーで、
そして、満月に向けて満ちていくエネルギーでむすびたい

むすぶ人も食べる人も、月の満ち欠けを意識することで、
どこにいたとしても、自然のリズムを感じて暮らしていられたら良いな。

おむすびは、
想いをむすび
心をむすび
人をむすび
むすんだ人、食べた人、それぞれの「おむすびが紡ぐ物語」がうまれます。

LAKUDA HOTEL hanare(Bed&Omusubi)

旅する人と出迎える人、旅する人と旅する人、

旅先の「暮らし」の中で、人と人をむすぶ、グッドなエネルギーの交換場所

朝には、とっておきのおむすびをどうぞ。

LAKUDA HOTEL RETREAT

自分たちも自然の一部であることを体感できるような、

自然のエネルギーにふれるリトリートやワークショップ

そして、みんなでおむすびをたべましょう。

なぜ、それをしたいのか?

人生の前半(であろう)今まで、たくさんの人たちからたくさんのモノを頂いて来ました。
人生の後半(であろう)これからは、少しでも”何か”をわたしていけるようでありたい、
そう、考えるようになりました。

その”何か”は「わたしの軸につながる場所」であること
そして、おむすびを通して、それをわたしていきたい。

▲「わたし」にとってのおむすび
氣(エネルギー)をこめてむすぶことで、自分自身を整え、満ちた気持ちになり、
わたしの軸へとつながっていくもの。

▲「だれか」にとってのおむすび
だれかがだれかのために素手でむすぶおむすびは、あたたかな氣(エネルギー)が込められ、五感に響き、満ちた気持ちになり、食べた人自身の軸につながっていくもの(であると良いな)。

どんなビジョンか?

平面で捉えるとhonkan、bekkan、hanareとRETREATがこの図の通りの関係性で並んでいるようなイメージ。本来はhonkanから同心円状にbekkan、hanare、RETREATと広がっていきながら「自然」×「食」×「人」のエネルギーが循環していく。つまり、「わたしの軸につながる場所」であり続けたい。

3年活動してみてどうだった?

(2019年1月から参加(スタート)して、2021年12月までの3年間)

ざっと3年間を振り返ってみると・・・

当初、描いていたlakudahotelのビジョンが、完全な形ではないけど実現している。3年前の時点では、何となくのビジョンは見えていたが、どうやって具現化するのかはイメージできてなかった。この3年間で、試行錯誤しながら具現化することができ、lakudahotelのコンテンツの土台ができた。

ビジョンの具現化とは?

1年目に、自分の暮らしを整えていき、自分の軸に繋がる環境(honkan)を作っていきながら、壱岐に来る前から活動していたbekkanをはじめ、Webサイトも立ち上げ、lakudahotelの活動を本格的に始められた。

2年目の夏には、壱岐YOYOメンバーのあゆみちゃんとretreatを始めることができたし、3年目の春には、ひょんなことがきっかけで新しい家が見つかり、暮らしをより整えることができ、honkan(自分の軸に繋がること)の質が上がった。また家が見つかったころにより、hanareのプロトタイピングも始まり、当初描いていたビジョンをすべて具体化することができた。

さらに、未来派カゾク農園の松本夫婦と出会うことで、今年から米作りがはじめられたことも大きな出来事。たくさんの仲間とともに無農薬で田植えから稲刈り、掛け干しまで行い、自分で作ったお米と塩でおむすびをむすぶこともできたこともよかった。

難しかったことは?

そもそもはじめは、壱岐とシェアハウスで暮らすことに適応できず苦しかった。一方で、それまで、気づかないようにしていた自分の中の穴(ネガティブな感情)に気づくきっかけになったので、今思い返すととてもよかったと思う。

あと、2年目の春からは、新型コロナの影響によって壱岐になかなか帰れない時期があったり、島外の人が壱岐に訪れにくくなったりと、思い通りに活動できなかった部分もあった。でも、コロナの影響でいろんな人がやりたいことをできない状況で、自分の軸に繋がり続けられたことは感謝しかない。

卒業後は?

引き続き、壱岐をベースにlakudahotelの活動を続けていく予定。honkan、bekkan、hanare、retreatに加えて、文通を始めると面白いかもと構想している。コロナの影響でオンラインでの活動が広がったけど自分には合ってなくて、でも、場所の影響を受けず広くつながるのはいいなと思っていた。もともと手紙を書くことは自分の暮らしの中にあったので、文通だとオンラインではなく、広くつながれるなと思って。

あと、経済的にはまだlakudahotelだけでは食べていけないので、いくつかの仕事と兼業しながらlakudahotelの比重を増やしていこうと思ってます。

終わってみて、改めて壱岐YOYOとは?

自由度が高いプログラムで、そのおかげで自分の軸とじっくり向き合うことができて本当によかった。lakudahotelのビジョンはもともとあったものけど、具現化はイメージできてなくて、壱岐YOYOがなかったら、続けることはできなかったかもしれない。

壱岐だけではなく、全国に広がっていろんな場所で実施してもらえるといいなと思った。

※全てのPJTについて、ここに書いていることが全てではなく、あくまで2019年6月現在時点での構想の一部になります。つまりこれが完成系ではありません。(そもそも完成はありません。)そのため、今後トライ&エラーを繰り返しながら状況に応じてどんどん変化していきます。